民法96条3項は遡及効を制限する規定
この意味,理解できていますでしょうか?
理解していないと正誤を判断できない肢が出ています。
たとえば,以下の肢。
26-4-ア
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錯誤によって意思表示をした者が,その意思表示を前提として新たな法律関係を有するに至った第三者に対してその意思表示の無効を主張することができるかどうかについては,詐欺に関する民法第96条第3項の類推適用を肯定する考え方と否定する考え方とがある。次のアからオまでの記述のうち,同項の類推適用を肯定する考え方の根拠となるものの組合せとして最も適切なものは,後記lから5までのうち,どれか。
ア 民法第96条第3項の規定は,取消しの遡及効を制限したものである。
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この肢の答えは,この記事の最後のほうにあります。
遡及効を制限するとは?
取消しは,「取り消すことによって,初めから何もなかったことになる」ということです。
さかのぼって効力がなくなるので,これを「遡及効」といいます 。
次に,問題の民法96条3項ですが,以下のように規定されています。
民法96条
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3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは,善意の第三者に対抗することができない。
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これは,遡及効を制限する規定と解されていますので,民法96条3項が適用されるのは,取消し前の第三者のみであると解されています(大判昭17.9.30・通説)。
取消し後の第三者は民法177条で処理します(大判昭17.9.30)。
動産なら民法178条で処理すると解されています。
遡及効を制限して,このようなCを保護するのが民法96条3項です。
どういうことかは,下の図をご覧ください。
※この図が,この記事の内容を理解する最大のポイントです。
取消しの効果は,本来は法律行為(契約)の時までさかのぼります。
しかし,「詐欺による法律行為」と「取消し」の間に「善意の第三者が登場」したのならば,善意の第三者の登場の時よりも前にさかのぼれないのです。
「詐欺による法律行為」の時までさかのぼってしまうと,善意の第三者は無権利者から権利を取得したことになり(上記の例だと,Cは無権利者Bから不動産を取得したことになり),有効に権利を取得できず害されてしまいます。
そこで,善意の第三者の登場の時よりも前にさかのぼれないとしたのです。
だから,取消し後に登場した第三者には,民法96条3項は適用されません。
もう一度,上記の図をご覧ください。
取消し後に登場した第三者は,取消しよりも未来に登場していますので,遡及効(さかのぼること)を制限しても意味がありません。
そこで,民法96条3項が適用されず,民法177条(動産なら民法178条)で処理されるのです。
平成26年度第4問ア
26-4-ア
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錯誤によって意思表示をした者が,その意思表示を前提として新たな法律関係を有するに至った第三者に対してその意思表示の無効を主張することができるかどうかについては,詐欺に関する民法第96条第3項の類推適用を肯定する考え方と否定する考え方とがある。次のアからオまでの記述のうち,同項の類推適用を肯定する考え方の根拠となるものの組合せとして最も適切なものは,後記lから5までのうち,どれか。
ア 民法第96条第3項の規定は,取消しの遡及効を制限したものである。
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→答え:このアの肢は,錯誤無効の第三者について民法96条3項の類推適用を肯定する考え方の根拠となりません。
なぜなら,無効とは,以下のように「初めから何もなかった」ということだからです。
このように初めから何もないわけですから,遡及効を制限する規定は関係ありませんよね。
上記の図に,以下の図の遡及効の制限を重ねても,何の意味もありません。
だから,「民法第96条第3項の規定は,取消しの遡及効を制限したもの」と解すると,民法第96条第3項を錯誤無効の第三者に類推適用するのはおかしいとなるのです。
この記事では,「遡及効を制限する」という意味から,以下の2点をご説明しました。
1.民法第96条第3項が取消し前の第三者にしか適用されない理由
2.民法第96条第3項を取消しの遡及効を制限したものと解すると,錯誤無効の第三者に類推適用されない理由(26-4-ア)
しかし,それを上記のような図でイメージできるようになっていないと,上記1.がわかっているとは言えませんし,上記2.の肢はお手上げでしょう。
このように,どんなテキストにも必ず書かれていることを理解しているかが,「基本」ができているかということなのです。
基本ができているなら,どんどん知識を増やしても構わないのですが,できていないのなら「基本」から逃げないでください。
この「基本」ができているかで,判断できるかどうか変わる肢があるわけですから。