よく以下のようなことが言われます。

 

 

サッカーが上手くなるには,実際にサッカーをするしかない。ボールの蹴り方などを書いた本を読んでも,サッカーは上手くならない。

それと同じように,問題が解けるようになるには,実際に問題を解くしかない。テキストを読んでも,問題が解けるようにならない。

 

 

このたとえは,おかしいです。

以下の2つは,次元がまったく異なるからです。

 

 

1.「サッカーが上手くなること」と「ボールの蹴り方などを書いた本を読むこと」

体を動かすことと紙の上のハナシは,まったく違います。

本を読んでサッカーが上手くなるわけがありません。

 

2.「問題を解くこと」と「テキストを読むこと」

それに対して,問題(択一)を解くこととテキストを読むことはかなり近いです。

どちらも紙の上のハナシです。

 

 

問題を解くことをサッカーにたとえるなら,「ボールの蹴り方などを書いた本を読んだうえで,ペーパーテストでボールの蹴り方を答えること」となります。

そんなに違いはないですよね。

 

なお,「問題を解くことが重要ではない」とは一切申し上げていません。

私は,以下のことをほぼすべての過去問についてするくらいですから,ものすごく重要だと考えています。

 

 

 

 

しかし,誤ったスポーツのたとえで,問題を解くこととテキストを読むことの間にかなりの距離があるような誤解をしていただきたくないんです。

*ただ,記述は実際にサッカーをすることに近いので,記述に限って上記のたとえをするのなら間違っていません。

 

 

といっても,問題を解くこととテキストを読むことの間に距離があると感じている方もいらっしゃると思います。

それを近づけるのが「テキストでアウトプット」です。

 

以下のように行えば,テキストを問題のように使えます。

さらにいうと,問題よりもテキストのほうが様々な事例に使えるような記載がされているので,より多くの知識に使えます。

 

 

(『リアリスティック不動産登記法Ⅰ』P169より一部抜粋)

 

 

問題を解くこととテキストを読むことが近いと考えている講師(*)のテキストは,上記のようにテキストでアウトプットがしやすい構成になっています。

*私が過去のガイダンスなどを拝見して記憶している限り,姫野先生も同じような発想だったと思います。違ったら,すみません。

 

 

例① 小見出しを「~の可否」などとする

小見出しに答えがこないようにして,小見出しのところで止めればアウトプットができる構造にするためです。

 

例② 文章を「認められるでしょうか。」「以下の2つがあります。」などとする

そこで止めれば,アウトプットができる構造にするためです。

 

 

「サッカーが上手くなること」と「ボールの蹴り方などを書いた本を読むこと」のように,別次元のハナシではないですよね。

 

なお,繰り返しになりますが,問題を解くことも非常に重要です。

私のクラスの受講生の方は,以下の点を意識して問題を解いてください。

 

 

・講義中に申し上げる問題を解くポイント

・講座専用ブログに書いている問題を解くポイント

・講座専用ブログに書いている肢ごとのテキストの根拠ページ

 

 

 

松本 雅典