先日,All Aboutさんに以下の記事を書きました。
「学問」「勉強」とは何かを書いています。
「法律のでき方」も「学問」も「勉強」も,抽象化です。
司法書士試験の学習をしていない方もご覧になるAll Aboutさんの記事では,「この抽象化という方法を条文や判例などの記憶に具体的にどう生かすか?」というハナシまでは書いていないので,この記事でその具体的なハナシを書いていきます。
『司法書士試験 リアリスティック民法Ⅰ[総則]』
『リアリスティック民法』は,以下の法定追認のように,複数の知識に使える「共通する視点」「判断基準」「Realistic rule」など(私の講座では緑でアンダーラインを引いたり,緑で書き込んだりするため「緑の知識」と呼んでいます)を説明の最初に示し,それを基に説明する形式を採っています(*)。
*すべての箇所で採れているわけではありません。それが理想ですが,そこまでのレベルには到達していないため,単に趣旨や理由を説明しているだけの知識もあります。
他のテキストでは,(少なくとも形式的に)このスタイルを採っているものはありません。
「どのテキストが最もわかりやすいか」は,自分では評価できませんが,知識の抽象化をはかっている点が,これまでのテキストと一線を画しているところです。
民法125条には,追認をすることができる時以後に,取り消すことができる行為について以下の事実があったときは,追認をしたものとみなす(法定追認)と規定されています(民法125条本文)。
一 全部又は一部の履行
二 履行の請求
三 更改
四 担保の供与
五 取り消すことができる行為によって取得した権利の全部又は一部の譲渡
六 強制執行
6個もありますから,1個1個記憶するのは大変ですよね……。
しかも,「『履行した』場合だけでなく,『履行された(債権者として受領した)』場合も含むか?」(1号について)といったことまで記憶する必要があるため,記憶する知識はさらに増えます……。
そこで,以下の判断基準で考えてください。
法定追認に当たるかどうかの判断基準
・取消権者の行為を要する → 法定追認に当たる
・取消権者の行為を要しない → 法定追認に当たらない
取消権者の行為があるならば「追認したんでしょ!」と言われても仕方ないですが,取消権者の行為がない場合に「追認したんでしょ!」と言われるのはおかしいからです。
①全部または一部の履行(民法125条1号)
取消権者が債務者として履行する場合だけでなく,取消権者が債権者として受領する場合も法定追認になります(大判昭8.4.28)。
履行する場合だけでなく,受領する場合にも「受け取る」という取消権者の行為を要するからです(上記の「法定追認に当たるかどうかの判断基準」)。
②履行の請求(民法125条2号)
取消権者が請求した場合だけ法定追認となり,相手方から請求を受けた場合は法定追認になりません(大判明39.5.17)。
取消権者が請求した場合は取消権者の行為を要しますが,請求を受ける場合は取消権者の行為を要しないから(取消権者は家にいるだけだから)です(上記の「法定追認に当たるかどうかの判断基準」)。
③更改(民法125条3号)
「更改」とは,債務の要素(契約の重要部分)を変更することで,新債務を成立させるとともに旧債務を消滅させる契約のことです(民法513条1項)。
取消権者が債権者であっても債務者であっても,法定追認になります。
契約ですから,債権者と債務者の意思の合致が必要ですので,どちらであっても取消権者の行為を要するからです(上記の「法定追認に当たるかどうかの判断基準」)。
④担保の供与(民法125条4号)
取消権者が債務者として担保を出した場合だけでなく,債権者として担保を受けた場合も法定追認になります。
担保を出すとは,たとえば,債務者が所有している不動産に債権者の抵当権を設定することが当たりますが,取消権者が債務者であっても債権者であっても取消権者の行為(抵当権の設定行為)を要するからです(上記の「法定追認に当たるかどうかの判断基準」)。
⑤取り消すことができる行為によって取得した権利の全部または一部の譲渡(民法125条5号)
取消権者が譲渡した場合だけ法定追認となり,相手方が譲渡した場合は法定追認になりません。
取消権者が譲渡した場合は取消権者の行為を要しますが,相手方が譲渡した場合は取消権者の行為を要しないから(取消権者は家にいるだけだから)です(上記の「法定追認に当たるかどうかの判断基準」)。
⑥強制執行(民法125条6号)
取消権者が債権者として執行した場合だけ法定追認となり,相手方が債権者として執行した場合は法定追認になりません(大判昭4.11.22)。
取消権者が債権者として執行した場合は取消権者の行為を要しますが,相手方が債権者として執行した場合は取消権者の行為を要しないから(取消権者は家にいるだけだから)です(上記の「法定追認に当たるかどうかの判断基準」)。
強制執行の典型例は競売ですが,「強制」執行というくらいですから,強制執行は,債務者の関与なく債権者と裁判所だけで手続を進めていけます。
(『司法書士試験 リアリスティック民法Ⅰ[総則]』P208~209をブログ記事用に編集して抜粋)
抽象化した「判断基準」から考えることで,これだけ記憶がラクになるんです。
『リアリスティック民法』をお使いの方は,この「緑の知識」(判断基準など)は,同書では青字(*)にしている部分が該当しますので,知識の抽象化(記憶の効率化)を意識してお読みください。
*「四角1」などの小見出しの青字は除きます。
*図の中の青字は除きます。
なお,別の例を1つ挙げると,前回書いた遺産分割の論点――「数次相続と遺産分割」「一人遺産分割」の記事の以下の判断基準が,緑の知識に当たります。
判断基準
上記の裁判例(東京高判平26.9.30,東京地判平26.3.13)の理由が判断基準となります。
・相続財産が共有状態の時点で遺産分割をしている
→一人遺産分割にあたらない(認められる)
・相続財産が単有状態の時点で遺産分割をしている
→一人遺産分割にあたる(認められない)
この判断基準だけで,上記の記事に示したいくつものex.について,「遺産分割協議ができるか?」はすべて判断できます。
この「知識の抽象化」という考え方が,私の講義や『リアリスティック民法』が追求していることです。
受験界に浸透してほしいな。