私は,「努力すれば誰でも必ず合格できる試験です。来年度は絶対に大丈夫です。」などと申し上げるタイプではありません。

よって,「読まないほうがいいな」と思った方は,引き返してください。

 

 

 

講師の中で,私が最も司法書士の資格取得までに結果を出していません。

誇れる学歴があったわけでもなく,持っていた資格は原付の免許のみでした。

結果を出していないことによる残酷さを最も知っているのは,私だと思います(経歴だけを見たうえでのハナシなので,実際のところはわかりませんが)。

 

ですが,だからこそ,私は「過程が大事です」とは言いません。

一生言わないと思います。

過程は誰も見てくれず,結果だけで自分が判断されることを嫌というほど感じてきたからです。

 

 

試験は残酷です。

 

合格するかどうかで,天国と地獄です。

「それだけ違うから,本気で合格しようと思える」ともいえるかもしれませんが。

 

来年度の合格を目指すなら,基本的には1年間もう1回同じくらいの時間をかける必要があります。

しかも,それだけ時間を使っても,来年度も不合格になる方のほうが多いです。

 

 

司法書士試験は,「努力すれば誰でも必ず合格できる試験です」といわれることが多いですが,極めて不適切な言い方です(合格者の方が「こんな私でも合格できたんだから」と勇気づける趣旨でおっしゃるのは問題ありませんが)。

 

正しくは,「合格に必要な知識を身につけ,身につけた知識を本試験当日に出す解答力(事務処理能力など)を身につけ,それらを試験当日に出せれば合格できる試験」です。

では,「合格に必要な知識を身につけること」「解答力を身につけること」「それらを試験当日に出すこと」は,努力すれば“誰でも”“必ず”できるのでしょうか。

 

わかりませんが,少なくとも私には,「誰でも必ずできます」と申し上げる資格はありません。

 

先日の記事に書きましたとおり,基礎講座としてはかなりの合格報告を頂いています(2桁の合格者が出ている基礎講座はほとんどないと思われます)。

しかし,不合格になっている方のほうが多いです。

だから,申し上げる資格はありません。

 

また,資本主義社会では,「努力をすれば必ず結果が得られる」という論理は,本来は成り立ちません。

相手の納得を得られるモノを用意できれば対価が得られる,つまり,「需要と供給」しかないのが本来です。

相手の納得を得られるモノを用意できるかだけであり,過程(努力)は見られません。

 

日本の教育や会社組織では,努力に対価が与えられます。

授業態度が成績で考慮されたり,決まった時間労働すれば給与が支払われたりします。

そのため,「需要と供給」しかないという本来の構造が見えなくなります。

 

しかし,司法書士になろうとしている多くの方が目指している自営業は,違います。

お客様に,「これだけ私は勉強してきました。これだけ色んな登記の経験があります。」と言っても,需要を充たしていなければ,何の対価も得られません。

 

私の仕事も同じです。

1年4か月かけて本を書いても,出版社の社長さんが一言「つまらない」と言ったら何の対価も得られません。

 

だから,

 

 

「結果が出たら,努力したことになる」

 

 

これが現実です。

 

 

厳しいですが,これが現実です。

 

 

誰がいくら違うと言っても,これが現実です。

 

 

私は,その厳しさを資格取得まで嫌というほど感じてきました。

 

 

その厳しさを理解したうえで,来年度の試験を目指すかを決めてください。

 

 

 

松本 雅典