先日あと2か月半も私たちは救急車でという記事を書きました。
私は,たまにこの手の話をします。
すると,「精神論か…」とおっしゃる方もいるのですが,これほど科学的な話はあるのでしょうか。
「生きるために必要か?」と考えることは,もちろん,精神論の面もあります。
しかし,「記憶」という点で科学的な話です。
しかも,記憶の本質の1つです。
受験生であるみなさんは,当然,試験に必要な知識を記憶したいと考えているでしょう。
しかし,毎日,試験に必要でない多数の知識に触れます。
道を歩いていて目に入ってくるお店や人の顔も情報です。
その多数の情報をすべて記憶しておくことはもちろんできませんから,試験に必要な情報に絞って記憶したいところです。
しかし,そう上手くいきませんよね。
条文や判例は記憶できないけれど,外で見たどうでもよい情報は記憶できたりするでしょう。
では,みなさんの脳が,多数の情報の中から記憶として残す基準はなんでしょうか。
それが実は,
「生きるために必要な情報」
なのです。
これは実験で明らかになっているのですが,要は「人間も動物だよ」ということです(私は脳科学や心理学の本を読むのが好きですが,「結局,人間も動物だからね」となることがかなり多いです)。
動物にとって最も重要なことは,生きること(生存)です。
たとえば,みなさんの家にペットがいたら,ちょっと思い出してみてください(昔に飼っていたペットでもいいです)。
ペットが真っ先に記憶したことは,「いつ,どこに行けばエサをもらえるか」ということではないでしょうか。
先に芸を記憶したのではないと思います。
脳にも限界がありますので,情報の取捨選択をする必要があります。
そして,動物にとって最も重要なことは生きること(生存)ですから,最も記憶しやすいのは「生きるために必要な情報」なのです。
だから,どうやったらエサをもらえるかを真っ先に記憶するのです。
人間の場合は今の時代ですと実感しづらいですが,実は同様です。
たとえば,今から私が「松本の詳細プロフィール」をこのブログに書いても,それを明日になって記憶している人は一人もいないでしょう(そもそも読む人が一人もいなそうですが。書かないのでご安心ください)。
それに対して,仮に「テロが起きたときにこうすれば絶対に助かる」という情報があったとして(ありませんが),それをこのブログに書いたら一発で記憶できるでしょう。
では,テキストに載っている知識は,みなさんにとって「生きるために必要な情報」でしょうか。
「すべて私の人生には必要だ」という方がいたら,法律トラブルを抱えすぎなので,勉強をしている場合ではないです。
そんな人はいるわけはないので,テキストの知識はほとんど必要ないですよね。
法律知識は,知らないで人生を終わる人が大半ですし,それで問題ないと思います。
だから,私はたまに「この資格を取ることは生きるために必要なことですか?」と投げかけるのです。
生きるために必要だと思って勉強したほうが,記憶に残りやすいからです。
また,「何度も復習する」というのも,実は「生きるために必要な情報が記憶として残される」ということが裏にあります。
先ほど記載したとおり,テキストの知識のほとんどは生きるために必要な情報ではありません。
そこで,何度も復習して何度も脳に情報を送り込むことにより,脳に「こんなに何回も入ってくる情報は生きるために必要なのかな?」と勘違いさせ,記憶に残させるのです。
これが,記憶の原理です。
講師が「何度も復習してください」と言いますよね。
実は,講師にはこの考えがあって言っているのです(少なくとも私にはあります)。
どうでしょう。
私の講義,ガイダンス,ブログでの発言が科学的根拠でつながっていることがおわかりいただけたと思います。
『予備校講師が独学者のために書いた 司法書士 5ヶ月合格法』のP331~にも「生きるために必要なのか?」というテーマで書きましたが,もちろん脳のこの仕組を意識してのことです。
そういった部分を「精神論だ!」「根性論だ!」と批判する人もいますが,その批判はねぇ…。

  
松本 雅典
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